自分の感覚を大切にする

来客中につき、記事のUPが前後になってしまいました

もう10数年前、
最初に体調も精神状態も著しく悪くなった時には分からなかった気づかなかったのですが

社会というところから、アウトローというか、
完全に離れるしかなかった時期にホメオパシー治療をはじめて

実は、この社会のありとあらゆるものの「刺激」が自分にとっては大きすぎるんだと思いました

最初の頃には、全く気づきませんでした・・・

当たり前の世界として社会があったので、

そこに存在しているものを、疑ったことがなかったんですね~

実際には、音や食事の味付け、視覚的なこと、感覚的なことの全てが刺激的すぎて

自分の本来ある受容能力というか分解能力を遥か超えたものを、
自身に与えられていて、麻痺が起こっている状態でした

産まれた時からそんなところで生きて与えられていたものですから、

それが当たり前だと認識してしまっていて、選択することを知らなかったんです

ワタシ自身が病んだ1つの理由は、この刺激過剰にもありました

これも感受性なので、普通に刺激を受け続けてもでも平気な人はいるとは思いますが

でもワタシ自身にはそれらを面々と延々と与えて続けて、
それに耐えうるだけの能力は無かったのです

簡単なことでいうと、ちょっとカフェに立ち寄って出てくる、
コーヒーなどでいえば、それはとても濃すぎる訳です

(これは食品だけに限らず、薬なんかでも何もかも共通して同じですよね、量が多すぎる)

そんなことが社会というところには溢れまくっているんですよね・・・・

そしてこれらの刺激を受け続けた結果として、麻痺が出てきます

麻痺すると、色んなことが判断できなくなります

麻痺してるんだから、何が何だか分からなくなってしまっているんですよね・・・

(でも、麻痺すると、自分が麻痺していることすら気づかなくなってますからね、また、これが怖いです)

正しいんだか正しくないんだか、嬉しいんだか、哀しいんだかの判断がつきにくくなる

それが人間生活の全ての生活に反映されるようになります

でも、この麻痺は、ワタシ自身の問題ではないのかもしれません

・・・というのも、ホメオパシーをやりはじめると多くの人が
今までの刺激が大きいと感じて、自分のリズムを探るようになってくるからです

んっ!?と思って、少しずつ気づくようになるんでしょうかね・・・

それで、結局、ワタシはそれからずっと、
なるべく自分に合わせた量とか刺激をさぐりながら生きていくようになりました
(食べ物にしても、何にしても・・・・)

すると随分、身体の感じとしてラクになりました

身体がラクになると、心もラクになった気がしました

そうすると、どこかに合わせる必要が無意味になってきて、焦る気持ちが減ったと思います

以前は社会についていかなきゃ、ダメな人間だと思ってますから

この思いがさらに、自分を苦しめていたと思います

でも苦しいと思っていたのは当然のことです

だって社会の一般レベルと言われているものと
ワタシ自身のリズムとは合っている訳ではないのだから

合わせようもない場所に必死でついていこうとしていた、ワタシが馬鹿だったのです

ホメオパシーは単純なことのようだけど、
最も気づきにくい部分に光をあて、気づかせをもたらしてくれます

こんな刺激過剰の世界にあって、自身が感覚、身体的麻痺を引き起こしているのだと、
気づいている人はそれほど多くはないでしょう・・・

麻痺によって、さらなる刺激を求めることの繰り返しをしています

何で自分の人生を誤魔化したいのかというか、何によって緊張を緩ませようとしているのか?

(そういった快楽的なことを、人は嗜みとするのです)

刺激にさらなる刺激を求めて安心しようとするのではなく

自分自身の感覚を大切に生きることは、
ワタシにとってはこれからも大事にしたいことだと思っています

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