失われた風景の中に



orengewoodはじめて、PCを持ち、日本中の牛飼いさん達のブログを拝見させていただいて
色んな意味で、驚くことや刺激を受けることは多くありました

我が家の牛は運よく長くても10年一緒にいれることがギリギリの状態で
それよりも、長く飼っていらっしゃる牛飼いさんを見ると、本当に牛を大切にされているんだな~と

ただ牛を生活の為に飼われているんではなくって、気持ちを大事にして飼われていうんだなぁと

何か伝わってくることがあります

そして、若い人達に、そういう気持ちのある人が多く出ているような気がしていました

確かに牛は経済動物です

でも、この子達にも命があり、人間と同じように心があります

その心をくみ取ってあげているかどうか・・・これは大事なことだと思います

牛だからといって、下等でバカではなく、やはり人間の気持ちを瞬間でよく理解できる能力もあります

ワタシは本当にこの数年で反省しました

牛には色んなことが分からない、動物なのだから・・・と思う気持ちがどこかにあったと思います

でも違うのですよね

牛はワタシ自身の身近にいた動物なのだけど、
「森」を見て「木」を見ないような目でずっとこの子達を見続けていたのです

近くにいるから見えている、知っている、分かっていると思うのは

人間の奢りです

ワタシは、牛について、ほとんど何も分かってはいませんでした

だから、日々この子達が見せる様子やしぐさの色んなことに新鮮さと驚きがあるのです

牛を見ていると、見飽きることが、まずありません

親戚の子の1人が

「牛もこうやってずっと見ていても、飽きませんね~」といったことに、ワタシもひどく共感しました

以前はちょっと見たら、あっ、もういいや・・・と思ったりもしたもんです

でも、今はそんなことは一切ありません

昨日、韓国映画で、「牛の鈴音」という映画があって、今公開されていることを知りました

予告を見ただけで、泣けました

この牛さん、40歳だそうです

えっ!40歳?

日本の畜産業では、なかなか考えられないほどの高齢です

牛の平均寿命を遥かに超えた高齢の牛と共に、生きたおじいちゃんとおばあちゃん
(おばあちゃんは、不平不満が絶えません←だいたい、いずこも女性はそうですよね)

近代化が進んだ、農業の世界で、こういった素朴な生活をされていること自体が、感動してしまいますが

なんか、やっぱり、牛との深い絆を感じて、泣けてきます

最後に牛をセリにかけられるんですかね・・・・

たぶん、映画館では、orengewood大泣きすると思います

この牛と同じ赤牛を我が家もワタシが幼い頃には飼っていました
もともと九州はお隣の国からやってきた赤牛で生計を立てていたのです

赤毛の子はなんだか懐かしい気がします

以前の九州では、この映画のような風景がどこにでもあったのかもしれません

頑なに、生き方を貫いたというか、
きっとおじいちゃんにとっては、特別なことをした訳じゃなくって、
これが人間らしい暮らし方だと思って過ごされたのだろうけど

なんだか、胸をうたれます

やっぱり、最期には気持ちしか残らない・・・とワタシは思います

どんなに生きることに困らない生活をしていても、心のないようなところでは、何も育たない

カタチじゃないんだ(もちろん、カタチが大事なこともあるかもしれないけど)
素朴でも、不器用に見えても、紡いでいくからこそ、伝わるんだと、そう思いました

やっぱり、今年は牛から学ぶことが本当に多い1年だったと思います

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