トコトコあるく

コチラは数日前少し、寒い日が続き、雨も降りました

チャトランの姿が、見えなくなりました

どうしているかな~?と、思っていました

祖母や母は見たとか言っていましたが、ワタシは見ることがありませんでした

すると、久しぶりに、チャトラン、牛舎のそばの壊れかかった納屋に現れてうずくまっていました

ひとしきり、ナデナデして、

今日のチャトランはやけに大人しいな~と、ちょっと不思議に思ったのでした

帰り際、歩く様子を見ると、丸々しつつあった、チャトランが、かなりスリムになっていました

帰って、祖母に言うと、
「なんか、数日、調子が悪くって、薬飲ませたら、餌食べるようになったって」

なんだ、チャトラン、調子が悪かったのか・・・

どうりで大人しいハズだ

その日、祖母は老人だけの集まり、サロンに行って帰ってきてから、
飼い主さん宅のおじちゃんが、「orengewoodちゃんに、この子あげる」と言っていたことを知りました

うち猫になろうと思っていたのは、チャトランとおばちゃんだけではなかった
おじちゃんもだった・・・・

「チャトラン、飼ってあげたいのは、やまやまだが、なにしろ我が家は他の家族が難攻不落だ」

チャトラン、諦めてくれ・・・

そういう訳で、チャトランは我が家と飼い主さん宅を、行ったり、来たりしています

そんなチャトランですが、

この子はホメオパシーの存在を知っている子なので、

調子が悪い時には、自ら、レメディをいただきに、我が家の周辺を、ウロウロする傾向があります

今回も、壊れかかった納屋で、レメディを待っていたと思うのですが

ワタシが、理由を分かっていなかったので、やりそびれました

すると、次の日、今度は、我が家の庭に現れて待っているようだったので、

早速、レメディと、エマージェンシースプレーの入ったミルクを用意して、あげると、ペロペロと舐めてくれました

やっぱりか・・・

レメディ待ちだったか・・・

ホメオパシーを知っている子達は、自らそれをいただきに来るところが、また不思議というか

捕まえてやらなくて、いいので、スゴイな~と思います

動物が調子が悪い場合、決まって逃げるのをどう捕まえて、どう治療するかって、そこも大変なんですよね・・・

でも、ホメオパシーの場合は、必死になって捕まえるようなことが、少ないです

覚えの早い子になると、自らトコトコ歩いてきますから・・・
(この光景を見るたび、いたく感動してしまう、orengewood・・・)

治癒体験というのを、自分の身体で覚えているのではないかな~と思います

ホメオパシーやフラワーレメディは動物にとっても、優しい療法なんだな~と、つくづく思います

ワタシは小さい頃から、獣医になりたかった訳ですが、根気がなくって、なることすら遠かったと思いますが

かえって、なれなかったことが、ワタシにとっては、良かったかな~と思います

もし、ワタシが、なれていたら、ホメオパシーには見向きもしなかったか、
恐らく、知っていても、あまり当てにはしなかっただろうと思います

もしかして、友達でそういう療法をやっていると聞いた日には
「そんなんで、治るなら誰も苦労はしないんだよ」とか、言ったかも分かりません

ワタシは、いつも、自身の弱さから本流を上れなかった魚だったと思いますが

流れ流れておちた溜まり場の池の中で、かえって、そこが、生きるにふさわしい場所だと分かったような気がします

ワタシが根気もよく、色んなことに耐えうれて、前進々で生きていった人生なら

ホメオパシーにも出会わず、なおかつ、このレメディの使い方に関しても、上手く掴み切れなかっただろうと思います

動物が困っていても、的確にレメディを選択することは、できず
うやむやで、治癒の流れにすら乗せてあげることはできなかったかもしれません・・・

そして、獣医さんにでも、どんどん丸投げしていったと思います
(自分ではどうすることもできずに、いつも牛舎で立ちすくみ、死んだりする度、泣いてばかりだったと思う・・・)

今牛舎にいる子達は、ほとんどホメオパシーなどの自然療法で育った子達になります

今の牛舎での様子は、小さい頃に自分自身が思い描いてきた姿(夢)そのものです

暴れたり、苦しがったり、嫌がるものを押さえつけてやる療法には、幼いころから非常に違和感があっただけに

自然療法を知ったことは、大きく何かを変えたように思います

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コメント

こんばんは♪

私が幼稚園の頃に、将来何になりたいというのを卒業アルバムに載ったことがあったんですが、
その当時どうやら私はなぜか”看護婦さん”と答えたみたいです。
一切記憶はなかったんですけどね。
それをみた母親は「あんたは血が嫌いだし、注射嫌いだからなれるわけないよ」なんて言われたのを思い出します。

今考えると医者も看護婦にもならなくてよかったのかもしれません。
人のために・人を助けるための手段を選ぶ人生だったということは、どうやら間違ってなかったようです。単なる思い付きだったとしても、その当時抑圧だらけの私でもどこか第六感的に感じてたのかもしれませんね。

今は現代医学も違う形ではあるものの学んでいる状況で、なおかつ私は自然療法というものを覚えて、お医者さんや看護婦さんとは違うアプローチを覚えようとしています。

そう考えると、やっぱり「課題」のなかの1つだったんですね。
時折ふとそう思います。

2009/12/13 (Sun) 21:19 | yu-ko #MgIxvhDQ | URL | 編集
yu-koさんへ

おぉ~、yu-koさん将来の夢はそうでしたか・・・

ワタシは結局流れ着くまま流れたタチですが、それで、良かったように思います

人間は不思議ですが、感受性で思うことは自分の将来や未来とも、深く結びついているようです

何について、どう思うのか、そしてどうやって生きていくのか、これが人の歩いていく道、
人生をカタチづくるのかもしれませんよね・・・

自分の助けたいものが、満足そうな顔をする時、改めてその全てが繋がった感覚があり、
自身も満足できます

ホメオパシーは、人にあまり知られてないがゆえに、それをやったり言ったりすることに、
向い風を受けることは、ままありますが、でも、これから必要とされる療法だと思います

まだ種から芽が出たばかりといった感じですが、すくすく育ってほしいですよね♪

2009/12/14 (Mon) 14:27 | orengewood #- | URL | 編集

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