瞳の奥にあるもの

先頃、我が家を去ったりかちゃん達の母上「お市の方」

お市の方が去った途端、牛舎が、悲しい事に、少し和らいだ穏やかな雰囲気になった・・・

たった1頭がいなくなっただけで、こんなにも雰囲気が変わるなんて・・・と思うと

たった1つの命であってもその中に持っているものの「大きさ」が分かるような気がしました

きっと、彼女の発していた「気」というのは、ものすごいものだったのだと思います
怒り、苛立ち、悲しみ、苦しみ・・・

言葉には出せなかったけど、そういう気持ちを抱えて生活していた事がよく分かります

この3年最も神経質で、凶暴だった母牛のお市の方

ホメオパシーのレメディを色々投与はしてみたもののの、変化という意味ではなかなか難しいものがありました

レメディ云々よりも、育てられてきた環境による心の傷は、
ワタシが3年いてやってみても、癒しきることは厳しかったと思います

父の育てた牛や接し方、育て方というのは、ワタシにとっては、反省と勉強の材料です

自分がやられて嫌なことは、牛にもやってはダメだと思いました

職業柄、他の方の牛ブログを見て歩きますが、

肥育の方の書かれていたブログに、やはりお市の方のような眼が鋭い雌牛の事が書かれてあり

これは、飼い主の方の幼少期の接し方に問題がある可能性が高いと書かれてありました

ワタシもその意見には、共感する部分が多くありました

我が家には、お市の方以外にも、まだまだ目の鋭い母牛さんが並んでいます

2番目に、気性が激しいのが、つっちーこと「つちこ」さんです
つっちーは、はやとクンの母上です、この子は、他の家で産まれて、子牛セリ市で、買ってきた子ですが

やはり父の育成での、接し方に問題があったと思います
(人間で言ってみれば、舅が、嫁への接し方に問題があったということと一緒の意味ですよね~)

あとは、キャッシーに、淀殿(淀姫改め、淀殿、黒毛きょうこさんの母上です)

どの子も眼つきが、やっぱりキツイですし、気性が激しい傾向があります

キャッシーも、淀殿も、我が家で産まれて、父が我が家で育て、我が家で母牛になった子達です

育てるということが、どれだけ生き物の心と体の成長に影響を与えるのかということ

牛を見てきて、よ~く分かりました

育てるということは、1日1日の積み重ねです

今日の1日を大事にできるかどうかが、結局は未来に続くことになります

たった1人の人間でさえも、良くも悪くも他に大きく影響を与える存在です

それは動物の世界でも変わりません

たった1人の人物が多数の他者に不愉快を与える存在になることもあれば、
たった1人の人物が、多数の他者に喜びと楽しみを与える存在になることもあります

でも、もし、悪い印象を与えることがあったとすれば、そこには、何かしらの悲しみの連鎖があったということに

私達は気づく必要があると思うのです

もし、1日の積み重ねが大事にされてきたなら、そうなりはしなかったと思います

人間も動物も本来は優しい生き物だと思います
(現代人のように、表面づらだけ、優しいということではなく・・・)

それが、好戦的になったり、凶暴になったり、眼が鋭くギラつく存在になったりするのには、
それなりの「訳」があります

傷ついたら、癒すこと、個々の、この積み重ねこそが、日々を大事にすることと繋がっているように思います

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