生き方

いつも歯がゆく思うのは、自分の事なら、自分でなんとか解決しようと努力できるのに

他人の事は自分の力ではどうすることもできない・・・・ということ

弟の時もそうだったし、母の事もそう

どちらの人間も例えば、私の考え方や感性に沿わせるということができない

感覚が違うタイプ、波長の違うタイプの人に、思いを伝えることはできないし

こういう方法もあるのでは?という提案さえ、なかなか通ってはいかない

このあたりがいつも難しいと思うところ

どうすることもできない

結局、いつもその結果や経過、結末、行く末をみていきつつ、ワタシは落胆するより他ない

以前のワタシも、そういうような道を辿って生きていたと思う

しかし、出会うものに出会い、出会う人に出会って、考え方や生き方を著しく変えてきたと思う

だからこそ、亡くなった弟や母、そして家族と話す度、悲しく思う

どうして、そこが飲みこめない?分からないの?と

病気は自分の中から生み出される、そして、自分にしか解決できない

病院で治してもらおうとハナっから期待して行くのか

自分で治すということを覚悟に、病院に行くのかでは全く意味は異なるのだか

そのあたりの理解が日本では、まだ難しいのかな~と思う

ワタシは田舎で一風変わった、常識をことごとくハズしたような生き方をしているけれど

そのあたりが、キッチリこの世界を生きてきたというか生きている人
世間体や常識、周りに沿おう沿おうとする人には理解が不能のように

またワタシのワタシナなりの考え方も相手には伝わらないのだろうと思う

残念だけれど、どこかでお互い何かを割り切るしかないのだろうと思う

生きることは本来は自由なのだ

でも、自由に生きることを許さなかった人達には、それが意味する深い部分が分からない

ホメオパシーでは、病的エネルギーは、
自然な流れがいつかどこかで歪められたことから起こるとも比喩されることもある

だからこそ、病気の人には「著しい、こだわり」のようなものが存在する
ナゼ、ホメオパシーは三方向を観るのか

心、身体、精神

病的エネルギーは、必ずココロや考え方、生き方までをも支配しようとするからだ

だからどこかで歪められたような不自然さが、心の中にも現れることとなり
性格や性質にも影響を与える

病的エネルギーを持たない人はいない

けれど、その影響は気づきから変化をもたらされることもあるのだ

ワタシは母の病気の意味が分かる
病変部位の出来た場所も、とても特殊な場所だけど、やっぱりね・・・という場所だった

こだわりが著しく強い人なので、
ホメオパシーを知っているワタシからしたら、納得するより他なかった

病気はかわいそうな事に起こるものでもなんでもない

やはり、起こるべくして、起こっているのが、病気なのだ

口蹄疫の真っただ中ということもあって、母の事ばかりも気に留めることはできず
(もはや、口蹄疫で手一杯、他に心配事は抱えきれない状態なのだから)

今後どうなるかも、分からないけれど、

でも、どこかで、肝心な事には、気づいてもらいたい・・・・と

願う気持ちは今でも変わらない

JA宮崎県のホームページです↓クリックしてください

JA宮崎口蹄疫署名

コチラで口蹄疫署名活動を行っています
署名用紙をダウンロードしてください

お知り合いやご家族、会社のみなさんにも良かったらご協力等お願いします

募金は無理でも、署名ならという方もおられると思うので、リンクしました

どうぞよろしくお願いします

コチラは川南町で酪農をやっておられるムッチーさん個人で募金窓口を開設されています↓

川南町のムッチー牧場だよ~ん。


県には、ここからも入れられるということらしいので↓


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